私のバイク遍歴 ~21年で4台 ~

私のバイク遍歴 ~21年で4台 ~


私は18歳から39歳まで4台のバイクを乗り継ぎました。その愛車遍歴について、紹介したいと思います。

~ベンリー50~

まず、1台目はホンダのベンリー50で、つまり、原動機付き自転車です。当時、ちょうど、カブやベンリーといったビジネスバイクを若者が乗るということが流行り始めた頃で、間もなくホンダが、カブをオシャレにメーカーカスタムした「カブラ」を発売しました。
私は、ベンリーのカスタムとしては、荷台を取り外しました。そのプチカスタムは、当時かなり流行っていました。そして、黒のベンリーに「クロオ」と名づけました。当時、気に入っていた漫画「ブラックジャック」の本名です。そのバイクは、半年で手放しました。なぜなら、中型二輪の免許を取ったからです。


~GB250クラブマン~

中型免許を取得して、購入したのは銀のGB250クラブマンです。当時、SRが若者に大流行していて、中型ニ輪ではスティードと人気を二分していました。シングル・ヨーロピアンとVツイン・アメリカンです。私は、シングル・ヨーロピアンを選びました。それは、私が音楽好きで、その頃、「音楽はアメリカよりもイギリス」と思っていたからです。
また、何故、SRではなくクラブマンかというと、私は当時、ひねくれて者で、メジャーよりマイナーを選ぶ傾向が強く、SRではなくクラブマンになったのです。
その頃は、バイクについての知識も増えていて、アルバイトもしていたので、ひととおりのカスタムはしました。すべて、自分でやりました。しかし、クラブマンはマイナーなので、SRに比べて圧倒的にカスタムパーツは少なかったです。しかも、心のどこかで、SRのほうがカッコいいとも思っていました。そんな中、クラブマンの思い出で特徴的なのは、ホンダのロゴを全て消すべく、雑誌で塗装の方法を勉強して、剥離から水研ぎまで自分でやったことです。結果、車種不明的な仕上がりになりました。
それからクラブマンは、2年ほど乗って友達に20万円で売りました。何故かというと、「旅系」のバイク、つまりアメリカンに乗りたくなったからです。


~ドラッグスター400~

アメリカンで私が選んだのは、黒のドラッグスター400です。初期型で、タンクのロゴがカッコよく、しかもしばらくして、そのロゴデザインは生産終了になったのでレア度も高まりました。
なぜ、スティードではなくドラッグスターかというと、エンジンがハーレーと同じく空冷であったことと、ノーマルでもかなりカッコよかったことです。しかし、ドラッグスターはほぼフルカスタムしました。100万円ほどかけました。カスタムはハンドル以外はすべて自分でやりました。その中で、思い出に残っているのは、ローダウンサスに変えたことです。少し、自信が無かったのですが、うまくできて車高が3cmほど下がったときは、たいへん嬉しかったです。
そのドラッグスターには13年乗りました。なぜ手放したかというと、大型二輪の免許を取ったからです。


~スポーツスター883l~

4台目のバイクは、青のスポーツスター883lです。このスポーツスターは、さすがにハーレーだけあって、カスタムする前からかなりカッコよかったです。それでも、ひととおりのカスタムをしました。カスタム費用は、30万円くらいです。特に良かったのは、スクリーミンイーグル製のマフラーで、うるさ過ぎず、音質も非常にいいところが気に入りました。
スポーツスターは、7年間乗ってバイク王に売りました。何故かいうと、結婚を機に実家を出て、バイクの置けないマンションに住むことになったからです。


以上が、私のバイク遍歴です。



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